0→1(ゼロカライチ)

宮城県出身25歳コピーライターの雑記ブログ。

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少年野球をやっていた頃によく言われた「声を出せ」の本質を、24歳として考える。

どうも、おはようございます。


僕は、小学校中学校と野球をやってきました。


その少年野球について気づいたことがあるため、キーボードを叩いております。

声を出せ

少年野球をやっていると、指導してくれる周りの大人たちから「声を出せ」とよく言われました。
監督やコーチだけでなく、僕らを応援してくれる親たちからも、声を出せといった空気が放たれていました。

当時の僕は、言われるがまま、声を出そうと考えていました。
なぜ声を出すのか、その本質を深く考えるようなことはしませんでした。

強いて言うなら、少年野球は元気を出すものなんだといった決定事項的なことを感じながら、プレーしていました。

声を出せ≠元気を出せ

しかし、その「声を出せ」は、「元気を出せ」ではなかったということに、大人になってから気が付きました。

声を出せというのは、「コミュニケーションを取れ」という意味であったのではないかと思います。

スポーツにおいて、声による味方同士でのコミュニケーションは非常に重要です。
先日のサッカー日本代表試合後のインタビューでは、DFの吉田麻也選手が声を枯らしていました。
それほど試合中、声でコミュニケーションを取り合っていたということですね。

もちろん競技によって試合のテンポや、それによる声の出し方は変わってきますが、あの時僕らが大人たちに求められていたのは、元気ではなくコミュニケーションだったのです。

野球におけるコミュニケーション

では野球においてどのようにコミュニケーションを取るべきだったのか。
野球においては、主に守備でのコミュニケーションが重要視されます。

当時の僕らは、「さぁ来い!」「センター行くぞ!」「ショート行くぞ!」と、ただただ元気に、いや多分それすら頭にもなく、ただただ声を出していました。

しかし繰り返しますが、声の本質はそうではありませんでした。
一言で言えば、準備だったのだと今では思います。
状況を想定するためのコミュニケーションです。

例えば自分たちの守備時、ノーアウトで一塁にランナーがいた時。
「バントあるぞ」「盗塁あるぞ」「バスターあるぞ」と、声を出すのです。
そうすることで、考えうるあらゆる状況を想定するわけです。

このコミュニケーションによって、味方と意識を共有するのです。
これからすべきプレーの準備をするのです。
それによって、隙のない守備を可能にできるよう努めます。

攻撃時だったら、例えば味方のランナーやランナーコーチに対して、相手守備のポジショニングや打球によっての判断などを、コミュニケーションできるでしょう。

僕の中で、これが「声を出す」ということの本質だったという結論にたどり着きました。

元気も大事だが

僕が少年時代の当時に考えていた「元気を出す」という側面も、間違いだったわけではなかったと思ってます。
元気を出せばチームが盛り上がります。チームに勢いが出るかもしれません。思い切ったプレーができるかもしれません。相手を圧倒することができるかもしれません。
プロ野球のキャンプのニュースを見ても、「声を出すことでチームを盛り上げています」的な取り上げられ方をよく見ます。

先日のWBCで松田選手が重視されたように、元気を出すこともスポーツにおいては重要な要素です。

ただ少年時代、大人たちにこっぴどく言われたあの「声を出せ」の本質は、僕の中では元気ではなくコミュニケーションでした。

今後、もし僕が少年野球を指導する立場になった時は、「声を出せ」ではなく、「コミュニケーションを取れ」や「声を掛け合え」と指導しようと思います。

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