0→1(ゼロカライチ)

宮城県出身25歳コピーライターの雑記ブログ。

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人はなぜ、明るく元気に挨拶をされると気持ちよくなるのか。

どうも、こんばんは。


今日もぼーのです。


今日は某イベントのアルバイトに行ってきました。

昨日に引き続き…

僕は現在、単発のアルバイトをしつつ、クラウドソーシングをしつつ、フリーランスとして確立することを目指して生きています。


そして今日は、その単発のイベントバイトに行ってきました。

運営スタッフの一員として現場に配属されたのですが、今日もまた言われました。


「とにかく明るく元気に、挨拶をしてください。」


昨日に引き続き、人当たりの話です。笑

www.nobo0630.com

「明るく元気に」

人は、明るく元気に挨拶をされると、気持ちよくなるらしいです。

これはどうやらマジョリティな意見のようです。


僕個人としては、あまり挨拶の元気が良すぎても、それに圧倒されて引いてしまう節があります。

そのため、自分と同じテンションで挨拶されると、ちょっとほっこりするような嬉しさを覚えます。


…何が言いたいかって、「明るく元気に」が全てではないのではないか、ということです。

そもそも挨拶とは

人はなぜ、明るく元気に挨拶をされると気持ちよくなるのでしょう。


というかそもそも、挨拶とはなんでしょう


個人的な感覚だと、挨拶は一つの儀式のようなイメージがありますね。

今さら要るとか要らないとか、そういう次元の話ではない。


僕の好きなサッカーで例えると、主審の持つ笛の音だと思ってます。


笛の音が鳴って、試合が始まる。
笛の音が鳴って、試合が終わる。


その始めと終わりに、当たり前のように交わされるもの。

それが挨拶です。


こんな僕でも、挨拶のない人間には一応違和感を覚えます。

それは、主審の笛が聞こえないサッカーグラウンドにいるようなものだからなんだと思います。

挨拶とハイテンション

挨拶の本質はなんでしょうか。

相手にハイテンションを届けることではありませんね。


一つの儀式として礼儀として文化として存在しているもの、というイメージが僕にはあります。


例えば僕らは服を着て生活していますが、挨拶もきっとそのレベルです。

いわば当然。前述のように、今さら要るとか要らないとかそういう次元じゃない。

挨拶をしないということは、出先で服を着ないで誰かと時間を共にするようなものです。


…ここでは何が言いたいかって、そう。

繰り返しますが、挨拶は相手にハイテンションをお届けすることが目的ではないということ。笑

粋な人間を目指します

さて、ごちゃごちゃ喋ってますが本題に戻りまして。


人はなぜ、明るく元気に挨拶をされると気持ちよくなってしまうのでしょう


(…なんかね、これを書いてたら結論が生まれてきちゃいました。やっぱりブログって面白いですね。)


ここでの挨拶は、コミュニケーションを取ることができる貴重な機会と捉えるべきなのかもしれません。

そしてその貴重な機会にわざわざ、「明るく元気に」とエネルギーを費やす。


このわざわざこそが、明るく元気に挨拶された人間を気持ちよくするスパイスなのかもしれません。


というか。というか。

そういった心意気が、そこにはあるのかもしれません。


つまるところ、今の僕には情や愛が足りていません。

それも僕らしくていいじゃないかと肯定しそうになるのを、今はちょっと我慢してみようと思います。


粋な人間目指しましょう。

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