0→1(ゼロカライチ)

ゼロからイチを生み出す、26歳フリーライターのブログ。

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【共感】鳥井弘文さんの「群れずに群れたい」という言葉を考える。

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独特な色合いのアイキャッチ画像からこんにちは、ぼーの(@nobo0630)です。

みなさん、サッカーW杯、楽しんでますか。僕は「幸せな寝不足キャンペーン」実施中ですよ

そして今日はいよいよ日本の初戦。

ドキがムネムネですね

とあるツイートに共感

さて今回の話題は、僕が共感した「とあるツイート」からスタート。

Webメディア運営や地域ブランディングを行なっている株式会社Waseiの代表取締役、鳥井弘文さんのツイート。


まずは僕が鳥井さんのまわりの若くて感度の高いひとではないという否定をここでハッキリとしたところで。


この「群れずに群れたい」という感覚に、共感できました。

僕が群れたくない理由

群れたい と 群れたくない

という2つの気持ちが交差するこの言葉ですが


まず、僕が群れたくない理由は「どこにも依存したくないから」なんだと思います。


たとえば、誰かの影響で自分の選択肢を制限したくない。

常に自分に対して正直で在りたい。

自分で選択して、自分で行動して、自分で失敗して、自分で成功したい。


つまり人生における自分の責任の全権を握り、自分の足でしっかり立っていたいんです。

(「自分」何回出てくんねん)

しかし、群れたい

とはいえ、僕は他人のことが嫌いなわけでも苦手なわけでもありません。


むしろ誰かと何かを成し遂げることは、人並みだけど好き

自分1人でできることもたかが知れてますからね。


また僕は、単純に他人と出会うことも好きです。

容姿や価値観だけでなく、語り口やワードのチョイスも本当に人それぞれで。

自分の視野が広がったり感性が磨かれたりして、とにかくプラスになる気がします。



誰かと「群れたい」というよりかは、誰かと「接したい」というニュアンスの方が

厳密に言うと正しいのかもしれません。

「群れずに群れたい」

僕の感覚をまとめてみると

何かに依存することなく、自分の足でしっかり立ちながらも、誰かと接することを忘れず、あわよくば何かを成し遂げたい。

こんな感じになりました。


この記事を書くきっかけとなったツイートのあと、鳥井さんはご自身のブログでさらに語ってくれています。

inkyodanshi21.com

こちらの記事にも、共感と理解を覚えることができました。


あとちょっと話変わりますが、鳥井さんのブログのテンション、めちゃくちゃ好きですわ

このあたりの「温度設定」なんかも、学ばせていただいてます。



ということで(?)

群れることなく、群れない仲間を、つくっていきたいと

そう、思いました。



がんばれ、ニッポン。

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