0→1(ゼロカライチ)

ゼロからイチを生み出す、26歳フリーライターのブログ。

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変わる東京。変わらぬ地元。

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先日、ぼくが好きな鳥井弘文さんが、またすてきなツイートをされていました。



そして、ぼくはひとつめのツイートを引用して。



以前から、個人的に「地元と東京の価値観のちがい」について考えることが多かったので、この機会にもう少し頭を整理してみようと思います。

地元での「違和感」

というのも、ぼくは東京に住むようになってから、地元に帰るたびに「違和感」を感じていました。

東京での感覚(おもに価値観や野望)を、地元で会う家族や親戚、学生時代の友人と会うときにそのまま持っていると、なんだか"浮いてる"というか。"ハマってない"というか。


そんな違和感がありました。


まぁ、環境や周りの人間が変わればそりゃそうなんじゃないの、と言われればそうなんですが。でもこの違和感に嫌気をさしていた時期もあったりして。


そこで、考えました。この違和感はいったい何なのか。(倒置法)

変わる東京。変わらぬ地元。

結論から言うと、東京は「変わることに価値を置く場所地元は「変わらないことに価値を置く場所という価値観のちがいがあり、それこそが違和感を生み出している、という考えに至りました。


あらためてですが

コピーライターになるために上京し、いろんな人に出会い、いろんな生き方に触れ、僕はいま東京で”じぶんの生き方”を実現したいと思っています。

今のままじゃいられない、より良い人生を実現するために変わっていきたい、と。


翻って、地元では

家族や親戚、学生時代の友人たちが、いわば保守的な考えを持っていて。

ぼくには、新しい環境や人間関係をあまり望んでいないように見えます。つい先日東京に転勤してきた友人は、新卒から東京にいる、これまた地元の友人とプライベートを共にしているほど。


そして、冒頭に貼ったツイートの通り、それは決して悪いことじゃないと思っています。それはそれで、良い。

ただ、ぼくが東京に出てきて身につけた感覚とはちがうんだなぁ、ちがうんだよなぁ、というだけの話なんですよね。

「変わらない」にも価値がある

この感覚を身につけてから、地元にいる時間がずいぶんとラクになりました。

正直、地元の人たちに対して「なんでこんなに保守的なんだ」というような憤りや、それによる居心地の悪さを覚えてしまったこともありましたが。


けっきょく原因は、じぶんにあったんですよね。むしろ今は、その「変わらない価値」が魅力的にも思えます。



久しぶりの投稿になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

頭と心をととのえて、上手に生きたいものですね。

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