0→1(ゼロカライチ)

ゼロからイチを生み出す、26歳フリーライターのブログ。

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可愛かったらよくないか?ぶりっ子が嫌われる理由を考えてみた。


ぶりっ子」という言葉が、ぼくのものになっている。


地元での話だ。


ぼくが小学校高学年あたりから好きになり、中学1年生のときに少しお付き合いした女の子。その子が、周囲の人間からぶりっ子呼ばわりされていたのだ。(別に陰湿ないじめとか、そういう感じではなく。その子も明るいし友達もふつうにいた。)


ぼくは、別にその子のことをぶりっ子だと思ったことはなく、ただただその可愛さに惹かれていた。

なぜか小馬鹿にされがち

そんな過去があるため、今でも地元で恋愛の話になったときに友人から「ぼーの(仮)はぶりっ子好きだからな〜w」というような嘲笑を受ける。


もう慣れたものだし、所詮他人。好きなことを言わせておけばいいと思うけど、でもやっぱり、嘲笑されるのは正直引っかかる。


というか、なぜぼくは小馬鹿にされるのだろう。


しかも、ぼくが(ぶりっ子好きを認めたとして)「いやいやじゃあ極端な話、めちゃくちゃぶりっ子な人と、めちゃくちゃむすっとしてる人だったらどっちがいいのさ」というような”ぶりっ子談義”を始めようとしても、まったく相手にしてくれない。


友人たちは「ぶりっ子好きだからな〜w」と言うだけ。そう言いたいだけ。なんて卑怯なやつらだ。

ぶりっ子への疑問

そして一般的にも、ぶりっ子にはあまり良いイメージがないようだ。


なぜだろう。他人に対して自分を魅力的に見せることは、そんなに悪いことなのだろうか。そういう"表現"をできない人たちが、ただ嫉妬しているだけではないだろうか。


そんな疑問を抱くぼくは、結局ぶりっ子好きと言われる自分を肯定したいだけなのだろうか。

ぶりっ子が敬遠されるワケ

ぶりっ子が嫌がられる理由には、次のふたつのポイントがあると考えた。

表と裏があること

Amazonプライム・ビデオでサッカーの本田圭佑が、「デキる(”人間力”が高い)人は、人を選ばない。誰にでも同じように接する。俺もそういう風になりたい。」というようなことを言っていた。


女性の前と男性の前で振る舞いがちがうぶりっ子は、”人間力”が低いと言え、そういった意味で蔑まれているのかもしれない。


他人を偽っていること

自分を魅力的に見せるぶりっ子は、他人を偽っているとも言える。


ぼくは"他人とそんなに本質的に接したいのか"などと思ってしまうが。


その「嘘つき感」に、不快な思いをする人がいるのかもしれない。

とはいえ「可愛い」は正義。

以上2つのポイントがあると、人として信頼を置くのがむずかしく感じられる。


ぶりっ子に少し"しんどさ"を感じる気持ちは、わからなくもない。


とはいえ、その時その人が可愛く感じられたら、それでいいのではないだろうか。

他の誰かがぶりっ子呼ばわりしようが、自分にとって魅力的に映るのならば、何の問題もない。


やはり、「可愛い」は正義なのだから。


ちがうかい、男性諸君。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

こんな風に考えてしまうから、いつまでも地元の友人たちに嘲笑されてしまうのかもしれない。

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