0→1(ゼロカライチ)

多拠点生活を目論む28歳コピーライターのブログ。

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【週刊エッセイ#11】天災を乗り越えるために必要なもの。

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どうも、ぼーの(@nobo0630)です。

今はなんやかんやで地元の宮城県に来ています。けっこう忙しくて楽しいです。

でも金曜恒例の「週刊エッセイ」は、なんとか忘れず更新できました。

まあ、ただコピペしてるだけなんですけどね〜


偉大なる脇役たち。【10月9日(金)】

どれだけ優れたサッカー選手でも、決して1人では輝きを放てません。たとえ、世界の頂点を極めるリオネル・メッシだってそう。

地上波のテレビ番組では多くのゴールシーンが切り取られていますが、彼が良い形で相手ゴールを陥れられるのは、チームメイトたちが適切なタイミングでの動き出しやパスを生み出すからです。具体的に選手を挙げるならば、まずはシャビ、イニエスタ、ブスケツの3人でしょうか。そしてチームメイトが変われば、メッシでさえもクオリティに影響が及びます。

団体競技であるサッカーにおいては、メッシに限った話ではありません。ユヴェントスのクリスティアーノ・ロナウドだってそう。つまり良い選手が輝くには、良いチームが不可欠なのです。





『浅田家!』を観てきました。なんですか、あのチームレベルの高さは。とても感動しました。

黒木華、妻夫木聡、風吹ジュン、平田満…。主役のニノのまわりを固める、偉大なる脇役たちに魅せられました。特に“青年”の印象が残っていた妻夫木聡さんの演技には、老獪な印象を受けましたね。キャラクターはあっさりめなんだけれども、だからこそその技術にコクを感じる、みたいな。ああ、菅田将暉さんもさすがだったなあ。渡辺真起子さんも、後藤由依良ちゃんも良かった。

良いチームは主役個人だけでなく、脇役も含めたチームとして輝くのだと感じました。いわゆる「one for all, all for one」ですかね。まあ当たり前っちゃ当たり前の話かもしれませんが、今の僕にとっては大切な気づきだったのでした。これも含めて、今後も自分の手にある羅針盤と向き合っていきます。どこの方向に進もうか、わくわくしときます。



ちなみに黒木華さんは「クロキ ハル」さんですからね。ハナさんではないですよ、ご注意ください。…え?知ってる?なんだ、僕はここ最近知ったばかりなんだけどなあ。

興味は捏造できない。【10月10日(土)】

オードリーの若林さんがテレビで言っていた「興味は捏造できない」という言葉が好きで、大切にしたいと思っている。僕はヒトにもモノにもコトにも、何に対してもそう。というかきっと僕だけじゃないはずだよね、もちろん個人差はあれど。興味があるフリはできるけど、それを長く続けることはしんどいよなあ。

こないだアプリで知り合った人とちょっとしたデートをしたんだけど、なんだか馬が合わない相手で、自分の体温が下がっていく感覚があった(まあ相手もそうだったと思うけど)。そしたらやっぱり、質問が浮かんでこなくなるんだよね。会話が盛り上がらなくて、その沈黙も苦しく感じられてきて。なるたけ自分に対して正直に生きようと思いました。言い方を変えると、自分がムリせず過ごせる人を大切にしたい、です。

でも、興味を持つフリが大切なときもあるよね、たとえば仕事のとき。僕は取材なんかもするから、そのときは興味をガンガン前に寄せていかないと、良い記事が書けなかったりする。むかし継続的な取材を打ち切られたクライアントさんもあるけど、振り返れば確かに、興味が足りていなかったなあ。作業みたいな取材しちゃってた。あれは反省だ。

とりあえずまあ繰り返しになるけど、自分の興味満載の環境づくりを心がけていきたいです。自分が自分を偽らなくて済むようにね。比較的ととのえやすい時代になっているのだから。「興味は捏造できない」という言葉を胸に、ひとまず今後も生きていようと思っております。

ツッコミ気質は「常識気質」。【10月11日(日)】

小学生の頃からツッコミキャラだった。誰かの“まちがい(ほとんどボケではない)”を指摘して、周りの友だちを盛り上げるのが好きだった。また、みんなにとって思いもよらぬ角度、いわゆる“ナナメ”を探し、それがウケた時には何とも言えない快感を味わった。けっきょく学生時代は一貫してツッコミを担当し、僕には気づけばツッコミ気質ができあがった。

だから、社会人になってからは割と苦労した。どうしてもボケ気質の人間のほうが、先輩方からすると「かわいい」のだ。僕も一応“返し”を頑張ってはいたが、正直いじられることがしんどかった(まあありがたい話なんだけど)。余談だがこれがフリーランスとして生きる選択をした、ひとつの要因でもある。



でも最近、ひょっとしたらこのツッコミ気質は危険なものではないかと、ふと気がついた。

ツッコミは「私がノーマルですよ」と示すことでもある。漫才ではボケた人に対してツッコむことで、お客さんに「コイツ今おかしいこと言いましたよ」「笑っていいんですよ面白いところですよ」と示しているように思う。ツッコミはいわゆる常識で、ボケは非常識。そのラインを行ったり来たりするから面白い。

だからつまり、ツッコミ気質は「常識気質」でもあったのだ。僕の感覚がこのコミュニティの常識ですよね、みたいな。学生時代を思い返すとまさにそうだ。

で、これをあまり面識のないコミュニティに携えていくと、大変なことになる。お互いの過去や経験を知らんうちから、自らの「常識」をあてがってくるのだ。考えただけでも恐ろしい奴だ。でもその恐ろしい奴に、僕はこれまでなっていたような気がする。反省だ。もう過ぎてしまったことは仕方ないのだが。



多様性だなんだと言われる時代。そういえばオードリー若林さんが「ツッコミと多様性は食べ合わせが悪い」なんてことも言ってたな。僕も自分のツッコミ気質と、良い距離感を保っていきたいと思います。決して嫌いな部分ではないのでね。

みやぎ行脚、前夜。【10月12日(月)】

ふだんは東京で過ごす僕ですが、明日から5日ほど、地元の宮城県で過ごします。とくに書きたいことが見当たらないので、今回は出発前の荷物といっしょに頭の中も整理しておきたいと思います。



今回、自治体の方の協力で宮城の各地をめぐる「みやぎ行脚(勝手に命名)」を企画していただきました。どうやら初の試みのようで向こうの準備が大変そうなのですが、きっかけは先月参加したオンラインでの「移住フェア」です。



あ、その前に僕の経緯ですが。「自分と向き合い1人で生きる」をテーマに突っ走ってきたのが東京での生活だとしたら、最近は次のフェーズに移りたくなってきました。「他人と向き合い誰かと生きる」といった感じでしょうか。糸井重里さんの言葉を借りれば、「マラソンもいいけど“ハイタッチ”がしたい」のです。

もちろん東京でも、ハイタッチは決して不可能じゃありません。でも、プラスアルファで自分の得意な「書くこと」を活かして生きられないかと考えたら、なんだか地方のような気がしてきました。まあ正直、そろそろ環境を変えたくなっているってのと、将来的な宮城への帰還を考えてるってこともあります。



そんなこんなで「どんなテンションなんやろな〜」と、じつに軽い気持ちで移住フェアに参加してみたら、「地方で仕事したいならまず来ちゃったら?宿泊費無料で案内するよ!」とそそのかされ(笑)、Facebookを交換し、あれよあれよと日程が決まりました。あちらのテンションとしては「移住」に向けた前段階としてけっこう力んでいるように思えますが、ありがたい限りです。



僕はひとまず、「拠点」をつくる意識で活動していきたいと思っています。まあ具体的には、人脈と仕事のきっかけを作れたらいいのかなと。最近は「書くこと」もそうですが、「企てること」にも興味があったりします。おそらく県外の人間だからこそ覚える違和感みたいな部分もあると思うので、現地の人と密にコミュニケーションを取っていけたらと思います。あ、心の距離の“密“ですよ、あくまでね。



まあそんな感じで、ゆるゆると楽しんできますよ。正月以来の宮城ってのも、ワクワクさせてくれてますね。

そういえば、思考を動かしたかったらまずは脚を動かせって、コピーライターの師匠も言ってたっけなあ。

天災を乗り越えるために必要なもの。【10月13日(火)】

今日から「みやぎ行脚」として、宮城県東松島市に来ている。太平洋に面し、東日本大地震の津波による甚大な被害を受けた街のひとつ。僕は、震災から10年目を迎えた今、街の「震災復興伝承館」へ案内してもらった。

館内には、瓦礫だらけとなった街の写真や当時の時刻を指したままの小学校の時計、またその後の街の変化を表す資料などが展示されていた。そんな中で印象的だったのが、施設で体験談を話す「かたりべおじさん」と呼ばれていた男性(おそらく60代)の話だった。彼は、夫婦でなんとか津波から免れた後の話をしてくれた。



変わり果てた街や、次々と明らかになる知り合いの訃報。そしてネットやライフラインが途絶え、人伝に情報が錯綜する日々。おじさんはそんな生活を目の当たりにして「感情をコントロールできなくなっていた」という。「頭では分かっていても、心が反応しなかった」「当時の日付の感覚や、食事した記憶はない」と朦朧とした意識の中で過ごし、一時はうつ病になったとも明かした。



そしておじさんは、ニュースでは明らかにされていない被災地の実態も教えてくれた。

それは、全国各地から食糧や衣類などの支援物資が届いた時のこと。より多くの人へ分配できるよう〈1人1つまで〉と記されてあっても、そのルールを破る人間がいたというのだ。しかもそれは、一件どころではなかったようだ。食糧ならば死活問題。おじさんは当然腹を立てた。しかし、普段は見ることのなかった生々しい人間の姿に衝撃を受けたこともあり、なかなか指摘する気力もなかったという。

「やっぱり窮地に追い込まれた時に、その人の“本性”というか“欲”が出るんだと思った」「でも決して独りよがりでは生きていけない、誰かと支え合う気持ちが何より大事」「お金なんかじゃない、気持ちだよ」「だから普段から真っ当な“欲”を抱ける人間を生み出す、しっかりとした教育が必要なんだ」などと、おじさんは未来に向けて持論を展開した。



僕はこれまで津波の被災地に関して、まったく思考を向けていなかった。ボランティアへ赴くこともなければ、復興のために経済を回しに行くこともなく。「上手に包帯を巻けないから、この傷口には触れられない」と思い込み、ずっと避けてきた。

だから今回のおじさんの話は、とても考えさせられる内容だった。僕は、大きな天災を乗り越えるためには、人々の“愛”が必要なのだと悟った。誰かを思いやり、誰かと支え合う気持ちだ。昔とあるコンテストで「いまは、震災前です。」というコピーもあったが、何気ない日常から“愛”を持って生きることが重要なのだ。



街の復興記録からは、人間の努力や知恵、あとは執念なんかも感じることができた「震災復興伝承館」。勉強になったし教訓になったし、ちょっと感動もした。本当に、今回行けて良かったと思っております。

「今」を生きる人たち。【10月14日(水)】

宮城県の各地をまわる「みやぎ行脚」2日目。今日は気仙沼市と南三陸町にお邪魔してきた。

かなり濃密な1日となったが、どちらの街にも言えたことは、まず魚介が美味しいこと。あとはとにかく前を向き、自分の夢の実現へ「今」を頑張っている人がいたということだ。

やりたいことに向かって努力する人の姿は、キラキラして見える。表情が輝いている。だから、とても魅力的に思える。僕はやっぱりそういう人間になりたいのだと、今日はあらためて確かめることができた。

そして今はシンプルに、今回受け取った大きな刺激と向き合っている。自分は「今」を頑張れているのか。頑張れていないのなら、「今」を頑張る環境を作れているのか。



自宅と会社を往復する毎日に廃れ、酒の肴はいつも愚痴。そんな都会の生活とは正反対の世界が広がっていた。

彼らの酒の肴は、いつも「互いの夢」だそうだ。

孤独を愛せるかい。【10月15日(木)】

みやぎ行脚3日目。今日は改めて、東松島市を案内してもらった。


もっとも印象的だったのは、午前中に地元の中学生2年生を迎えて行なった海岸でのゴミ拾い。…いや厳密に言えば、そのゴミ拾いの後に彼らへ与えられた「自由時間」での一幕だった。

砂の山に流木を刺しビーチフラッグをする男子たちや、波打ち際で水と戯れながらスマホで撮影をする女子たち。それぞれが友人と思い思いに時間を楽しむ中で、ひとり砂浜を歩く女の子がいた。メガネをかけた大人しそうな彼女は、海に向かって座り込み、落ちていた枝で砂に何かを描いていた。

その姿を遠くから見ていた僕は、どうにか声を掛けたかった。しかし結局、適切な言葉やテンションが見つからず、尻込みしてしまった。やがて女性スタッフ2名が歩み寄り、女子3人で盛り上がっていたように思えた。



多くのクラスメイトが海ではしゃぐ中、彼女がどんな想いを抱いていたのかは分からない。でも僕は、1人で時間を過ごす彼女が魅力的に思えた。なんだかたくましく見えてしまったのだ。

ひょっとしたら心に「孤独」も抱えているのかもしれない。はっきり言ってしまえば「しんどい」可能性だってある。ただ、ムリに周りの人間に流される必要はないと、僕は思っている。クラスという小さな枠を取り外してしまえば、“自分と合わない人”がいることなんて、なんらフツーだからだ(これを彼女に直接話せば良かったのかな)。



彼女が「孤独」を抱えているのならば、決して悲観して欲しくない。むしろそれを、少しでも愛してくれていたら嬉しい。なるたけありのままの彼女でいてほしいと、余計なお世話ながら願ってしまった。


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