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多拠点生活を目論む28歳コピーライターのブログ。

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【週刊エッセイ#13】互いの中間に消しゴムが落ちたとき。

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どうも、ぼーの(@nobo0630)です。

毎週金曜日の恒例となりました「週刊エッセイ」でございます。

とりあえずブログにおいては金曜日のネタには困らないので、助かってます。笑

まあそんな感じで、皆さん今週もお疲れ様でした。

家で1人で飲む理由。【10月23日(金)】

最近、よく家でお酒を飲むようになりました。宅飲みだとかリモート飲みだとか「誰かと楽しむ」とは別の話です。1人でレモンサワーや発泡酒を飲んでいます。これまでは誰かと居酒屋でしかお酒を飲みませんでしたが、今はむしろ、1人でプシュッと空き缶を増やすことが多いです。

子どもの頃は、毎晩の食卓でお酒を飲む父親の姿が理解できませんでした。仕事から帰ってきてお風呂から上がって、何が楽しくて飲んでいるのか。オトナの事情を知る由もありませんでした。

でも、今なら分かるような気がします。お酒を飲むことは、自らのスイッチを「OFF」にすること。「もうこれ以上ちゃんとした仕事はしません」「明日以降のONにお会いしましょう」などと、日常にひとつの区切りを設けることでした。おそらくこの説に共感してもらえる方は、決して少なくないのではないかと思います。

しっかりONとOFFを使い分けることを意識して、今後も家でお酒を楽しんでいきたいと思います。ちなみに最近は、セブンイレブンで売ってるちょっと強めのレモンサワーが好きです。あ、あと本麒麟も。おいしいよね。


「まっすぐ」という才能。【10月24日(土)】

とても感受性が豊かな人と出会いました。その方は、自身の才能に気づいていません。口癖のように「私なんて何にもできないから〜」と言います。しかし、まっすぐに感じたことをまっすぐに表現することは、少なくとも僕にとってはとても難しいことです。

僕は、むかしに比べたらマシになったと信じたいのですが、基本的には妬みや嫉みをぬぐいきれず、すなおに感受できない人間です。むしろナナメに見て“ツッコむ”ことが自らのアイデンティティなのではないか、ぐらいの勢いすらあります。僕にとって「まっすぐ」は、とても尊い才能に思えます。

ドラえもんの『のび太の結婚前夜』で、しずかちゃんのパパがのび太を言い表した有名なセリフを思い出しました。「あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね」というセリフです。いつから人が曲がっていくのかは定かではありませんが、素直に生きれることは、やはり特筆すべき才能です。

今度その人に会った時、僕はちゃんとその才能の存在を知らせたいと思っています。もっと自信をもっていいんだよと。それこそが僕なりの「まっすぐ」なのではないかとも思うからです。

永遠の「非日常」がほしい。【10月25日(日)】

4泊5日で宮城県の各地をめぐる「みやぎ行脚」から東京に帰ってきて1週間。もうすっかり僕のリズムは、日本の首都の生活に戻りつつあります。基本的にずっと家で作業をして、気が向いたらカフェへ行くけど結局パソコンと対峙する。そうだそうだ、僕はこんな日常を過ごしていたんだったっけ。

宮城では「移住コーディネーター」なる方々を中心に手厚くもてなしてもらい、とにかくさまざまな人に出会うことができました。そのぶんさまざまな価値観に触れ、そのたびに思考を凝らし、とても良い刺激を受けることができていたと思います。だから今、誰とも会わない東京での生活が、とても寂しく感じられています。改めて1週間が経って、あの宮城での「非日常」を恋しく思うのです。そんなこんなで、もともと“Uターン”を考えていたこともあり、最近は本格的に宮城への引越しも考え始めました。



しかし、あのみやぎ行脚は「非日常」だったから価値を感じているのではないか、と思考を止める自分もいます。まあもちろん自分次第ではあるのですが、あそこは今後「日常」になってしまっても平気なほど、魅力的な場所なのでしょうか。今の状況で宮城に移住することはつまり、周りの人々の期待およびプレッシャーとも共に過ごすことになります。正直、不安です。



だから今この瞬間は、タイトルのような気持ちです。永遠の「非日常」がほしい。ちょっと矛盾気味かもしれませんが、ずっとワクワクドキドキしていたいのです。わがままですみません。

ただ、今後の活動のヒントになる言葉かもしれません。思わぬ収穫です。これだからnoteはやめられない。これだからnoteはすばらしい。常に「非日常」でいられるよう、これから努めていきたいと思います。

バタバタ。ワクワク。スカスカ。グダグダ。【10月26日(月)】

どうも、最近「都会と地方の人をつなぐ」というやりたいことが見つかり1人でバタバタしているぼーのです。情報収集やら発信やら、地域の人との連絡やらで楽しく過ごしています。今後どのように展開していこうか、非常にワクワクしてます。バタバタで、ワクワクです。

さて。僕は昔から、予定が詰まっているほうが充実した日々を送れる人間です。絶え間なく「やるべきこと」をこなしていくイメージです。そして当然ちゃあ当然ですが、真逆の価値観を抱く方もいますよね。スケジュールがスカスカじゃないと、余裕を持った生活を送ることができないというタイプの方。なんとなく“天才気質”の方に多いイメージですが、僕は逆にグダグダと過ごしてしまいます。スカスカだと、グダグダです。

充実した日々を送る中で、自分の特性を改めて確かめることができました。あなたはどちらですか?そしてしっかり実践できていますか?…偉そうにすみません。でもせっかくなら、どうせ生きるなら、充実感のある時間を送っていきたいものですよね。

これからシャワーを浴びて、知人とオンラインゲームをします。バタバタでワクワクです。

互いの中間に消しゴムが落ちたとき。【10月27日(火)】

カフェで作業をしていると、隣の席の学生が1枚ルーズリーフを床に落とした。ヒラヒラと舞ったそれは僕と学生のちょうど真ん中あたりに落ちたのだが、落とした本人は即座に拾おうとはせず、何やら作業を続けている。ルーズリーフを視界に入れてしまった僕は拾おうとかと迷ったが…結局見て見ぬふりをしてやり過ごした。

ふと、学生時代の教室でのできごとを思い出した。隣の席の同級生が、互いにとって中間地点に消しゴムを落としたことがあった。まあ、きっと多くの人が経験してきたことだろう。しかし僕は逆に気を遣ってしまい、あまり拾いたくない人間だった。

落とした本人が届く距離なのに、わざわざ僕が拾うことで“恩の貸し借り”が生じてしまうと思ったからだ。相手に「ありがとう」と頭を下げさせることになってしまう。もし僕が拾わなければ、落とした本人は“自己解決”できる。言うなれば、誰にも迷惑をかけることなく、事なきを得ることができるのだ。



近ごろ個人的に、迷惑をかけ合える関係性こそが重要だと感じている。自らの弱さを認めて誰かに甘えられる強さ、みたいなことも分かってきた。しかし今日の僕は、迷惑のかけ合いを避けてしまった。果たしてあれで良かったのだろうか。僕がサッと拾ってあげればよかったのかな。「ありがとう」のカツアゲにならなかったかな。いうて、赤の他人だしな。。

学生時代を思い出すと共に、さまざまな想いが頭をかけめぐったのだった。

心のデトックス。【10月28日(水)】

ふだんSNSで発信をしない人は、日頃の感じたことや考えたことをどこに吐き出すのでしょう。日記やノートに書き留めているのでしょうか。飲み会で話し切るのでしょうか。最近の疑問です。

noteを毎日更新をされている方が、むかしの記事で「発信はデトックスだ」と仰っていて、深く共感した記憶があります。そうです、心のデトックスです。頭や心にたまった思考を、文字にすることで取り除くのです。まあnoteやTwitterなどといったテキストだけでは限りませんけどね。YouTubeやInstagram、TikTokなどその方法はさまざまです。

だからなおさら、発信をされていない方は、自分とどう向き合っているのだろうと思ってしまうのです。体内に思考がたまりまくってるのではないかと心配になります。自分にとって発信する方法がなくなったら、破裂してしまうような気がします(わりとガチ)。



そんなこんなで今日で、僕はnoteの毎日更新が299日連続となりました。なかなか文章にできず、いろんな意味でギリギリの更新となった日もありましたが、これからも自分の思考と向き合い、発散していこうと思います。

300日。【10月30日(金)】

今日でnoteの連続更新が300日を迎えました。もうすっかりこのnoteに書くことが生活の一部になっているため、そこまで大きな感動はありません。ただ、あらためて「300」という数字を見て、過去にここまで続けられたことって他にあったかなあ、などと考えています。

ダッシュボードを見てみると、徐々に閲覧数も増えているようです。このnoteでは正直あまり他人の目は気にしていないのですが、やっぱり多くの人に読んでもらえることは嬉しいです。スマホに「スキ」の通知が届くたび、正直めちゃくちゃ喜んでいます。

とはいえ、まあ昨日の『心のデトックス』ではありませんが、まずは自分のために書いていこうと思っています。毎日の文字数は400〜1000文字くらいと結構ブレてはいるのですが、本業のライティング業務や連絡ツールでも、スラスラと文字にできているような気がします。好影響があるような気がします。

コピーライターのレジェンド的存在である糸井重里さんは、1999年6月6日から毎日『今日のダーリン』というエッセイを綴っています。来月で72歳を迎える今も、です。信じられない日数ですよね。もちろんこの僕のnoteと糸井さんのエッセイを比べることなんてできませんが、僕は今後も彼を北極星として、文字と戯れていたいと思っています。


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