0→1(ゼロカライチ)

多拠点生活を目論む28歳コピーライターのブログ。

【Sponsored Links】

【週刊エッセイ#17】地方が人を引き寄せるための、2つのポイント。

f:id:nobo0630:20201204201019j:plain


どうも、ぼーの(@nobo0630)です。


今週は滋賀での地方イベントに参加してきました。だから今回は新幹線の中から週刊エッセイの更新。


まあ、よしなにお付き合いください。ブラウザバックしてもらっても全然だいじょうぶです🙄

▼noteではエッセイを毎日更新中▼
note.com

凡打の勇気。【11月27日(金)】

僕は学生時代に野球をやっていたんですけどね、思えばバッターボックスってのは不思議な場所でした。例えば、相手のピッチャーを遠くから見て「うわ、めちゃくちゃ速い球投げてんな〜打てっかな〜」と思いつつバッターボックスに立つと、意外と速く感じなかったり。むしろそのスピードや球筋がちょうどよく感じられたり。あとは、遠くから見ると打てそうなのにバッターとして臨むと打てない、みたいな逆パターンもありました。

つまり結局、試合で結果を残すためには、バッターボックスに立って“感じる”ことが重要なんですよね。もちろん、1人で素振りをしてスイングのスピードアップやフォーム形成をすることも重要です。しかし試合には当然、「相手」がいて「ボール」もあります。さらに独特な孤独感や緊張感がただようバッターボックスでの「心理状態」も含めて、チームに貢献しなければなりません。

そして学生時代を思い返せば、初めて立った試合でのバッターボックスから、いきなり結果を残せたわけではありませんでした。まあ当然ちゃあ当然なのかもしれませんが、何度も何度も「凡打」を繰り返して、もちろんその間に練習にも励んで、やっとの思いでヒットを打つことができたんですよね。

だからやっぱり、僕も含めて今後なんらかの“結果”を求める人ならば、まずは「凡打」を重ねることから始まるのだと思います。きっと良い気分はしません。他人からの視線も気持ちいいものではないでしょう。ただ、その勇気がやがて実を結ぶと信じて、「凡打」と向き合っていたいと思っています。ちょっと怖さもあるけどね。でもやるしかないみたいだから。共にバッターボックスに立っていきましょう。

コロナで聞こえた「声」。【11月28日(土)】

今年は新型コロナウイルスの蔓延によって、世界のプロスポーツも大きな影響を受けている。

当然日本も例外ではなく、僕が好きなプロ野球もJリーグも、大きく様変わりした。グラウンドに立つ選手以外のほとんどはマスクを装着し、スタンドには入場規制がかかっている。日本の文化である「応援」もない。

しかしこの応援がなくなったことで、新たな世界も見え始めている。特にサッカー。試合における選手や監督の「声」が聞こえるようになったのだ。

「みぎみぎみぎ!」「閉じろ閉じろ!」「おいお前ちゃんと寄せろよ!」「ハイ切り替え!」

おもに味方とのコミュニケーションに使われる、声。プレーが続く限り、それが途切れることはない。つまり、ずっと味方とコミュニケーションを取り続けているということである。そしてその声はもはや“怒号”に近く、選手たちの“情熱”や“闘士”を感じずにはいられない。今日は激しい接触プレーから「痛ってぇ!」「やばいまじでやばい…」なんていう、生々しさ極まりない声も頂戴した。



これまで応援や声援によって聞こえなかったことが、今は悔しくも感じられている。華やかな世界の裏は、やはり激しく厳しい世界が広がっていたのだ。誰もが必死に相手と戦い、誰もが味方を信じていた。今の日本の野球やサッカーを少年の僕が見ていたら、今の僕はまた違ったんだろうなあとも思う。もちろん、ポジティブな想像である。

そう考えるとこれまた、悔しさが増えちゃうねえ。

可愛い人と、一緒にいたい人。【11月29日(日)】

可愛いなあと思う人と、一緒にいたいなあと思う人はちがう。これは僕にとっての、女性の話だ。きょう参加した地方のイベントで「可愛い人」と知り合って、なんだかハッとした。

僕が一緒にいたいと思う人は、笑うポイントや面白いと思うポイントが分かり合える存在だ。同じ価値観というか、同じ“違和感”を抱けるような人。自分で言うのもアレだけど、僕の得意技は小さなボケをぼそっと、独特の言い回しやタイミングで言うことである。だからそれを汲んで、ツッコんでくれる人が望ましい。逆に、僕も相手のボケに対してツッコミたい。

一方、僕が思う可愛い人は、小動物的な可愛さだ。華奢で小さくて色白で、わりと物静かな人。ひょっとしたら不思議ちゃんとか、天然とかに部類されるかもしれない。学校での休み時間は教室の端で本を読んだり、2〜3人の女子同士で静かに過ごしているようなタイプである。

しかしその可愛い人は、だいたいツッコんでくれない(偏見)。僕が小ボケを言ったとしても、きっと成仏されない。きっとその場に、不発弾が散らかってしまう。そして僕は、そっと口を閉じてしまうだろう。



可愛くて一緒にいたい人、これから出会えるようにがんばります。…って何の話だよ。

コーヒーブースト。【11月30日(月)】

最近、朝活をはじめてみた。起きたら寝癖をキャップへ雑に押し込み、でもしっかりとマスクは装着し、歩いて2分のコンビニへ。そこでオーダーした100円のホットコーヒーを貸切の休憩コーナーで飲みながらスマホを触り、テキストコンテンツを楽しんだり企画のアイデアを考えたりする。だいたい30分ほどで、帰る。

家に着いてからは、これまで通りの1日が始まる。だから今はなんとなく、活動時間が増やせたような気がしている。いい気分だ。

家にいるとどうしても、僕はPCでYouTubeを見てしまう。だから“家以外”の時間をどう生み出すかが重要で、じゃあだったら近くのコンビニにお世話になろうということになった。休憩コーナーでのんびりとコーヒーを啜りながら、働く人たちを眺めながら、自分の世界へと没頭する。それこそが、最近の僕に良いブーストをもたらしてくれるような気がする。

まあ正直この習慣がどれだけ続くかは分からないが、とりあえず続けてみようと思う。

お酒に、人の“鎧”を剥がす力があるのだとしたら。【12月1日(火)】

以前、知人とオンラインで飲んだ時「そういえば酔い潰れたぼーの(仮)を見たことないね。見たいんだけどなあ〜」と言われました。たしか2〜3ヶ月前に話した内容で、きっとこの言葉の主は発言を憶えてないと思いますが、ヤケに僕の心に残っています。

どちらかと言うと、僕は「飲んでも変わらない」タイプの人間です。平常時のテンションが高くないこともあり、自分でも客観的な変化はほとんどないと思っています。もちろん主観的に身体的な変化は感じますが、そこをセーブしながらお酒の場を楽しみたいタイプ。何なら、淡々としっぽり端っこの席で、お酒の力を互いの“内側”に向けながら、深めの話をしたいのです。

冒頭の酔い潰れる僕を求める方は、そんな僕を壊し、新たな僕を見たいと言ってくれました。いわば、僕のアイデンティティを崩壊させようとしていたのです。



正直よく分からん感覚でした。しかし最近、ふと共感できました。僕に「お酒を飲まない人は寂しい」という感覚が芽生えたからです。

たとえば気になる女の子がいたとしても、その方が飲まないタイプの人だったら。ひょっとしたら優しさで「全然いいよ居酒屋いこうよ」と行ってくれるかもしれませんが、僕だけ飲むのは寂しい気がします。お酒の味を共有できないことはもちろん、自分だけが酔っ払っていくのが、なんだか虚しい。お酒に人の“鎧”を剥がす力があるのだとしたら、自分の身だけ軽くなっていくのが…まあアンフェアとまでは言わないけれど、なるたけフェアでありたいと思うのでしょう。

きっと冒頭の方も、こういった感覚なのではないかと思ったのです。自分だけ酔っていくのに、ぼーの(仮)は酔わないのかよって。なぜか今朝、改札を潜った時に。ほんとに、なぜか。



今後、僕が酔い潰れられるかはさておき、今回パッケージに包めたこの感覚を、心にしまっておくことにします。そしてなるべく、いっしょにお酒を楽しめる女の子を気になろうとも思います。

チームの勝利に貢献する。【12月2日(水)】

糸井重里さんと松岡修造さんの対談企画がおもしろい。

www.1101.com

すっかり毎朝の楽しみになっている。連載の終わりが近づいているかと思うと、さみしい。とはいえいつまでもそう嘆くわけにもいかないから、それこそポジティブに、この企画と向き合っていたいと思う。

今回は、糸井さんのアイディアに関する言葉が印象に残った。

答えがひとつしかないわけじゃないですよね。宇宙の規模でいったら何万もあるかもしれない中から、1つか2つが見つかればいいわけです。選ばれたコピーがもっとよくなる可能性を、今度はゲームとしてたのしむようになるんです。いいなと思っていたアイディアをダメだと言う人がいたとしますよね。その人を説得しようとするんじゃなくて、もっといいアイディアができないかなっていう難しい問題として考えるんです。そうしたおかげで当たりが出ることもあって、それはものすごくたのしいことでもあります。

例えばプロのスポーツ選手の多くは、試合前のインタビューなんかで「チームの勝利に貢献したい」と話す。たとえメディアから「個人の成績」に関するイジワルな質問があったとしても、“For the team”の精神を示すのだ。

コピーやアイディアについて語る糸井さんからは、まさにチームを想う気持ちが垣間見えた。決して、主語を「自分が書いたコピー」や「自分が生み出したアイディア」にしていない。それらをダメだと言う人もいっそ仲間にして、もっと良いものを生み出していこうとする。この見事な姿勢に、さすがの松岡さんも

それは、相当なポジティブですよ。

と相槌を打つ。そしてふと思う。今の僕に、このようなチームスピリットがあるだろうか(いや、ない)。昔よりはマイルドになっていると信じたいが、やはりどうしても個人単位での成績を気にしてしまっている。



地方での活動にめざめた先々月あたりから、新しいチームでのプロジェクトが複数動き出している。これまでの自分を省みて、あくまで個人ではなく「チームの勝利」に貢献できるよう、努めていきたい。これからの自分に、いったい何ができるのかなあ。


地方が人を引き寄せるための、2つのポイント。【12月3日(木)】

時刻は10時を回ったころ。僕は今、新大阪行きの新幹線に乗っています。これから人生初の滋賀県へ行き、下記ツアーに参加するためです。

smout.jp

最近は地方での活動に興味津々でして、オンラインイベントや現地でのツアーに参加しまくっています。現職のライティングに留まらず「都会と地方の人をつなぐプランナーになりたい」なんて想いも湧いてきました。そのため今は、これからの自分に何ができるのか、また何をすべきなのかを情報収集しているのです。

で、滋賀県には先々月に参加したオンラインイベントがきっかけで行くことになりました。あえて言うなれば、イベントの満足度が他の地方と全然ちがったんですね。もちろん、良い意味で。



まだまだ未熟者の実感ですが、地方が人を引き寄せるためには2つのポイントがあるのではないかと思っています。

ひとつは、今回の滋賀県のように「面白そうな人」を感じたとき。オンラインイベントの満足度がなぜ良かったのかというと、とにかく「ゲストを楽しませよう」という想いに溢れていて、“interesting”な面白さを感じたんです(“funny”でもありましたけど!)。彼らはきっと優しくて賢くて、共に生きると人生をプラスにしてくれる。僕はそう感じられたから、いま新幹線に乗っているのだと思います。

そしてもうひとつは、その地方に「圧倒的なコンテンツ」を見出せたとき。個人的には岩手県八幡平市が事例となるんですが、あそこはランサーズとタイアップした『さすらい合宿』や、受講費・宿泊費が無料でプログラミングを学べる『スパルタキャンプ』など、面白い企画を実施しています(僕はどちらとも参加しました)。直感でもメリットを感じ、「えーい、面白そうだから行っちゃえ」と思えること。そんな圧倒的なコンテンツが、人を引き寄せるように思います。また類は友を呼ぶとはよく言ったものですね、今や八幡平市には面白い人が集まりまくっているようです。たまに現地の知人とZoomで繋ぎますが、ほんとにぶっ飛んでますよ、あそこは。笑



まあそんな感じで、今回の“滋賀遠征”を通してまた、自分のモノサシをアップデートできたらと思っています。「コミュニティスペース作りを体験」とかたまりませんね、今後に活かせる気しかしません。楽しんできます。


▼noteではエッセイを毎日更新中▼
note.com

【Sponsored Links】