0→1(ゼロカライチ)

多拠点生活を目論む28歳コピーライターのブログ。

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【週刊エッセイ#2】ココロを整える、Zoom。

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どうも、ぼーの(@nobo0630)です。

毎週金曜日に「週刊エッセイ」を更新してみようと、先週から始めたわけなんですが…あっという間に1週間が経ってしまいました。

ブログの更新など、もっと手を動かします。

ということで、今週のエッセイ。どうぞ。

釣ってるようで、釣られてる。【8月7日(金)】

釣りを趣味とする人は「よし、オレ様が釣り上げてやろう」と、さかなに対して鼻息を荒くします(偏見ですかね)。以前知り合いから聞いた話では、竿のたらし方や糸の動かし方、また針の選び方など、さまざまな要素を試行錯誤して釣り上げる(成功する)のが楽しいんだそうです。僕はまったく釣りをしませんが、まあなんとなく、その楽しみ方は理解できるような気がします。

さかなを釣り上げることができたら、その人はきっと「へっへっへ〜」と“したり顔”になるんだと思います。これは想像ですが、どうせ僕もそういう顔をかますことになるでしょう。そしてそれは周囲にいる人間に対するものであり、釣り上げられたさかなに対するものにもなるでしょう。「見たかオレ様の釣りテクニック!」とかなんとか、そんな感じのテンションです(偏見ですかね)。


でも、もしさかなが全部お見通しで、この人間のゲームに付きあってくれているんだとしたら。「お、また針がきたよ、じゃあ今度はオレが引っかかってやるか〜パクッ」となっていたら。のんきに喜ぶ人間は、さかなを釣っているようでさかなに釣られているようにも思えます。そんなことありませんか。釣りって、さかなありきのゲームですよね。どっちが主導権、握ってるんですかね。


なんてことを、いかにもモテそうなスタバの女性店員を見ながら思いました。あれは天然か…いや、計算なんだろうなあ。

ノマド放浪記。〜パソコンの充電と、僕の尿意。【8月8日(土)】

きょうは朝までヨーロッパのサッカーを観ていたから、昼の12時過ぎに起床した。1日のプランを思い描きながら、身支度をする。よし、またいつものスタバへ行こう。あの可愛い店員さん、きょうはいるのかなあ、なんて考える。

てなわけでスタバ。いつものドリップコーヒーと、朝(というより昼)から何にも食べてないからと、めずらしくシュガードーナツを1つ注文する。接客をしてくれたのは“あの可愛い店員さん”ではなかったが、気がつけばきょうもカウンターの向こうに立っていた。嬉しい。これはもう恋かもしれない。

パソコンの充電がなくなり、僕の尿意がたまってくる。すると集中力は散漫になる。だいたい2時間後に訪れるこのタイミングが、移動の合図だ。席を立ち、トイレを経由し、また別のカフェへと向かう。

今度は電源のあるカフェ。200円でアイスコーヒーを頼み、パソコンを充電しながら仕事に励む。すると今度は、パソコンの充電と、僕の尿意が至極順調にたまる。やはりだいたい2時間後。ひと区切りをつけ、トイレを経由し、また別のカフェへ向かう。

次は最初とは異なる店舗のスタバ。ドリップコーヒーを100円でおかわりして、仕事のラストスパートをかける。電源はないところだったが、2軒目で確保したパソコンの充電はきっかり保たれ、僕の尿意がたまったところで仕事を終えた。


こうして自分のノマドワークを書き出してみると、パソコンの充電と僕の尿意によって、行動がコントロールされていることが分かった。もし仕事にパソコンが必要なく、僕が尿意も催さないタイプの人間だったら、深夜となった今もカフェに居たかもしれない。

だからそうだな…充電と尿意があって、ほんとうに良かったなあ。


ココロを整える、Zoom。【8月9日(日)】

8月も第2土日に入りまして、世間はいわゆる「お盆」に突入したようです。いつもならば多くの人が故郷へ帰るであろう時期ですが、今年は“いつも”というわけにはいきません。ぼくもそのうちの1人でして、GWに引き続き東京に籠もっていようと思います。

だからといってはなんですが、先ほど高校時代の友達とZoom飲みをしました。お盆や正月など、帰省したときには必ず集まっているメンバーです。岩手・福島・愛知と、それぞれ全国に散らばりながらも時間を共にしました。みんな変わっていて、でも変わっていなくて。なんだか明日からもまた、頑張ろうと思えました。ぼく以外の彼らも、きっとそう感じていることと思います。


人間は、朝日を浴びて体内時計を調整しカラダの調子を整える、と聞いたことがあります。それとおんなじようにぼくは、高校の友達との時間を過ごすことで、ココロを整えているのだと思います。思えば、これまた帰省を断念した今年のGWも、彼らとオンラインで飲んでいました。まあ、ちょっと大袈裟かもしれませんが、できる限りこの縁は長く続いてほしいなあと思います。

ああそれにしても、そろそろ宮城に帰りたくなってきました。仙台の街ナカでお酒を飲める日は、いつか訪れてくれるんですかねえ。


学生時代の友だちと、昔話を“なぞる”のが苦手でした。【8月10日(月)】

学生時代の友だちとお酒を飲むと、時に「あんなことあったよな〜」と、過去の出来事の話になります。「アレ楽しかったな〜笑」「やばかったねアレ笑」とかなんとか、まあそれはそれで楽しいです。何度話しても面白いことやお決まりのやりとりなんかもあったりして、めちゃくちゃ良いことだと思います。

でも正直ぼくは、ただ同じ記憶を“なぞる”ことに抵抗がありました。いや、正直いまも少し苦手です。何度も同じ昔話をすることが現実に目を背けているように感じられ、ネガテイブな印象を受けていたんです。そんなことより、これから描く夢や希望の話をしたい。特に帰省するたびに、ぼくはそう思っていました。


ただ、最近になってようやく、そのちょっとした憤りを抑えられるようになりました。単純に“なぞる”のではなく「じゃああの時ほんとはどう思ってたの?」とか「ぼくは正直こう思ってた」などと、“今だから言えること”にピントを合わせることにしたのです。すると新たな発見や、また別のストーリーを描けたりして、けっこう楽しかったりするんですよ。そうなると取材じゃないけれども、どんどん訊きたくなっちゃうんですよね。他人の価値観や経験が気になる。あ、逆にウザがられてたらどうしよう。


ということで、ぼくは最近“ぶっちゃけ”を引き出すつもりで臨んでいます。自分もぶっちゃけると楽しかったりするのでね。お酒のおかげでしょうかね。

よかったら参考にしてみてください。


バニラエッセンス。【8月11日(火)】

今日は近所のスーパーで売られている、“もっともオシャレな商品”を買いました。バニラエッセンスです。バニラエッセンス。知ってますか?バニラの、エッセンスです。香りが良いやつ。まだ嗅いでないけど。ぼくはコトバの響きも好きです、バニラエッセンス。とくにエッセンスが良いんでしょうね。えっせんす。

生まれて初めて買いました。レジに向かう時、ちょっと緊張しましたね。涼しい顔をしながら「うわオレ今から、バニラエッセンス買うんだ〜」って思いました。またひとつ成長しましたね。

バニラエッセンスを買ったワケは、これからフレンチトーストを焼けるようになりたいと思ったからです。そうですね本記事のアイキャッチ画像のような朝食をちゃちゃっと、いずれ作れるようになりたいなと。なかなか実現できていなかったので、カタチから入りました。


そういえば今日、Amazonでテレビ台を買いました。その時にも思ったんですが、買い物ってのは「未来」も得る行為ですよね。テレビ台を買って模様替えをして、これから部屋がイイ感じになること。バニラエッセンスを買ってフレンチトーストを作れるようになって、イイ感じの朝食ライフを送ること。もちろんそうでないお金の使い方もありますから、これからより前向きにお金を使っていきたいなあと、ふと思いました。

いつも以上に取り留めのない文章になってしまいましたが、とりあえず今はフレンチトースト作りが楽しみです。スキレットとかも買っちゃおうかな、とかなんとか。前向きな買い物。


愛があるからこそ。【8月12日(水)】

たしかキングコング西野さんの本にあったような気がするのですが、人間同士が傷つけ、争う原因は「“好き”という感情があるから」だそうです。これはたしか西野さんがタモリさんから聞いた言葉で、人は愛を持っているから、戦争を起こすのだそうです。

今年に入って話題となったネットでの誹謗中傷にも、同じ理由が当てはまるのではないかと思います。守りたい自分のプライドやその仲間がいるから、他の誰かを攻撃してしまうのです。複数のアカウントで発信活動をしている僕も、たまにそういったコメントを頂戴します。字面だけ見ると堪える部分もありますが、仕方のないことだと思います。

これまで何度も、著名人の方々の「誹謗中傷はやめよう」という旨のメッセージを見てきました。でも、そんな平和な世界を実現するには、人間から“愛”を取り上げないといけません。では人間から愛を取り上げることはというと、不可能です。今のところ、僕の脳で考えたところ、不可能だと思います。むしろ愛があるからこそ、人間は人間らしく在るのではないか、とさえ思えます。

ネット上でクローズドな場所を作って“荒くれ者”を排除しようとする動きは、もうすっかり一般的になりました。居心地の良い場所をつくる仕組みは、誹謗中傷から身を守るためにもとても重要だと思います。

人間が人間で在る限り、誹謗中傷は、決して失くなるものではありません。


真逆のセンス、真逆の趣味。【8月13日(木)】

3日前のツイートが、未だココロに刺さっている。まあ、抜いてないのは僕なんだけれども。

とても共感できる成功と成長のハナシ。僕は「成長」を目的にしている部類の人間だとおもう。ノルマが課せられた営業マン時代はとても窮屈に感じられたし、今は「楽しいから」と何の成果にもつながらないSNSでの発信を続けている。幸か不幸か、生きる軸はずっと自分自身にある。

今回のツイートを見たとき、僕はふと「成功」を据える地元の友人に思いを馳せていた。彼はきっちり大企業への就職を果たし、学生時代から常にマドンナ級の女性と交際している。今は、外車の購入を検討しているようだ。

社会に軸を置く彼を、僕はいつも大変そうだなあと見ている。そして、努力でしっかり“正解”を弾き出せる彼を、羨ましくも思う。久しぶりに会うと、彼も僕にそのようなことを言う。「お前は好きなように生きるべきだ」「俺にはできない」と言ってくれる。

相棒は真逆のセンスと真逆の趣味を持って
アリキタリなことを嫌った
なんかそれがうらやましかった

Mr.Childrenの『擬態』という曲に、こんな一節がある。

成長と成功にかぎらず、人間はきっと同じ部類の人種と時間を共にした方がラクだし楽しい。しかし、真逆の存在もまた、尊重し合える尊いものであるとおもう。成功を追い求める彼がいるから、僕はきっと、成長を軸に据えられているのだろう。


地元、帰りたいな。


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