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多拠点生活を目論む28歳コピーライターのブログ。

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【週刊エッセイ#26】地方が人を誘致するために重要なこと。

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どうも、ぼーの(@nobo0630)です。

毎週金曜日恒例としていた「週刊エッセイ」ですが、3週間ぶりとなってしまいました。

今週からまた気を取り直して、noteからコピペしていきたいと思います🙄


▼noteではエッセイを毎日更新中▼
note.com

なぜ僕は宮城へUターンしたいのだろう。【2月19日(金)】

ここ2年ほど、ライターとして場所に縛られずに生きられるようになり、東京に住んでいる意味がなくなってきた。じゃあこれから、どんな場所でどんなことに取り組んで生きていこうか。そう考えた時に、地元の宮城県が頭に浮かんだ。

「顔と名前だけでも売っておこうかな」と、かなり軽い気持ちで臨んだ昨年9月の『みやぎ移住フェア』。このご時世のおかげ(僕にとってはポジティブでした)でオンラインでの開催となり、東京のアパートから宮城の実情をちょっとだけ味わえた。彼らはどうやら発信活動に課題を感じているようで、自分の「書く」をベースとした「伝える」や「企てる」というスキルを活かせるような気がした。

そして何より、各市町の移住・定住担当者のキャラクターを好きになれた。それぞれが街に惹かれ、まちづくりに対して真摯に向き合っていた。またZoomでは、自治体みんなで和気藹々とした雰囲気を作ってくれていたのだ。きっと彼らとなら生き生きと、時には支えあいながら、生きていけるような気がした。

そのイベントがきっかけで、昨年10月にはその担当者たちと直接会うこともできた。良い意味で“変態気質”のある、すてきな方ばかりだった。彼らとは今なお、Facebookを軸に繋がっている。今年の正月には挨拶にも行ったし、現在進行形で仕事も振ってもらっている。

だからまあ結局、好きな場所で好きな人たちとポジティブな時間を送っていきたいという想いが、僕をUターンさせようとしているのだと思う。とりあえず年内の移住を念頭において、東京での時間を大切にしていきたい。



地方が人を誘致するために重要なこと。【2月20日(土)】

宮城各地の移住・定住担当者と会話をすると「ウチは発信力が弱くてねぇ」「東京から見て感じた意見をもらえると嬉しいなぁ」などと、発信に関する課題を耳にする。おそらく、自分の“まちの外”からいかにして人を呼び込むかにフォーカスして、考察や行動を重ねているのだろう。

きっとこのような悩みを抱えている地域は、ほかにもたくさん在るのではないかと感じている。今後の活動のため地方にまつわる情報収集をしている僕には、そんな感覚がある。SNSが当たり前となった今にコロナ禍という要素が付与され、特に都会からどのように人を誘致するか、各地で健闘する方々の姿が印象的だ。



ただ個人的には、まずは“まちの中”の人に向けて、活動を発信していくことが大事なのではないかと考えている。中の人に、自分たちが住んでいる地域の魅力を再発見してもらうこと。あるいは、新たな人脈を構築してもらったり、それまでの関係性を深めてもらったりすること。すなわち中の人同士のコミュニティを強めることで、その活動が隣のまちへと広がり、県全体へと広がり、そして全国へと広がっていくのではないかと思うのだ。

また、中の人のコミュニティを形成しておくと、それこそ“まちの外”から訪れた人の受け皿にもなってくれるはずだ。自分の知らないような街に旅をする人には、旅先での出会いに惹かれている人も少なくない。だから現地の人に囲まれた経験こそが、旅行の思い出やその地域への思い入れに繋がるのではないかと思うのだ。



地方が都会の人に向けて発信したかったら、まずは地方の人へ活動を広げていくこと。まだ仮説止まりなのが歯がゆいところだが、今はそれこそが重要なのではないかと感じている。



宮城の変態を集めたい。【2月21日(日)】

安定を求めてひとつの企業に勤めることを“ふつう”だとしたら、地方にはぶっ飛んだ生き方を実践している人がたくさんいる。昨年の10月に宮城北部に位置する市へ足を運んだ時、そういった人を「変態」と呼ぶ人がいた。飄々とした雰囲気で「もうここらへんは変態ばっかっすよ」と話していたその方は、県外から宮城へ移住し、商店街のシャッターを開ける活動を展開していた。

思えば、県主催のオンラインイベントで知り合い、もうすっかり仲良くなった(と思っている)移住・定住担当者も、宮城県出身ではなかった。関東で生まれ育ち就職しながらも、震災ボランティアをきっかけに移住していた。変態だ。

最近は「みやぎ変態図鑑」みたいな感じで、僕がそんな変態を取材し記事にして、noteやInstagramなどで発信しても面白いのかなあなんて、密かに思っている。ライターとしての経験を活かしながら、地域貢献できるのではないかと考えているのだ。

何より、変態と会うのは楽しい。常に前向きでエネルギッシュで、情熱にあふれているのだ。また僕もそういった気質があるのか、波長があっているような気がする。だから今後は自分も楽しみながら、地域の魅力を「人」という切り口で発信できないかと考えている。


宮城へUターンした、その先。【2月22日(月)】

僕は、今年中に宮城へUターンで移住しようと思っています。単純に言ってしまえば、東京に暮らす今より、地方を主戦場とした地元のほうがワクワクできるような気がするからです。昨年末あたりから、人脈を広げる活動を着々と進めています。

そして今は、ふと“その先”のことを考えてます。宮城で「まちづくり」に関する活動を重ねてからの、先です。今のところは変わらず宮城に定住して、尊敬できるパートナーのとなりで過ごせてればなあと思っていますが、ずっと宮城にいるのかなあとも思います。

この瞬間に思い浮かんでいることは、活動を県外にまで広げることでしょうか。東北各地の担当者にまで人脈を広げて、ムーブメントを大きくしていくこと。人口が減っていくこれからの時代、地方同士でいがみ合っていても仕方のないことですからね。また、いわゆるアドレスホッパー的に、日本各地に拠点を作りたいという人が増えていくのではないでしょうか。そんな時間や場所に縛られない生活を、東北全体でバックアップしていく。そんなプラットフォームができたらいいのかなとか、ぼんやりとしていますが、そんなことを考えています。

というのも、僕と知り合ってくれた宮城各地の移住・定住担当者の皆さんが「ヨコのつながり」を実践していて、めちゃくちゃ魅力的なんですよね。すごくイケてるような気がする。だから彼らのように、僕も宮城県内に収まることなく、どんどん活動や人脈を広げていきたいと考えています。


父親に関する目標。【2月23日(火)】

今日Twitterで「父親の好きな車を買うことが人生の目標。今度は俺が夢を叶える番だ」みたいなツイートが流れてきた。ツイートの主は、同世代の男性だった。

自然と、自分の父親のことを思い浮かべる。短大を卒業してからの約40年間を、公務員として勤め上げた男である。定年退職をしてからは、僕がふらふらとした生き方をしているからか、一般企業へと再就職し隔日で働いているようだ。きっと「安定」を求めプライドが高い彼のことだから、自分が動けるうちに老後のお金を貯めているのだろう。まあ、しらんけど。

でもそう僕は、彼のことをよく知らないことに気がついた。将来的に、三世帯で暮らせたらいいのかなあなんてぼんやり思ってはいたが、たとえば明日突然死なれたら、ちょっと困ってしまう。せっかくオトナの事情が分かり合える年代になってきたのに、何も知らずにお別れになってしまうからだ。なんだかそれは、あまりにも寂しすぎる気がする。

いったい何ができれば分かり合えたと思えるのかは分からない。でも、もう少し父親のことを知りにいってもいいような気がしてきた。今は正直ニガテ寄りなんだけれども(笑)、そこまで酷い人間ではないような気がする。僕たち家族の生活を、不自由ないように支えてくれていたからね。

ああじゃあとりあえず、僕の目標は、彼とゴルフに行くことかなあ。



ピカピカのグローブ。【2月24日(水)】

学生時代に野球をやっていた頃、グローブやバットなどの用具を買い換えた人に、人だかりができていました。先輩から取り上げられ、手につけられている同級生の姿がヤケに印象的です。

僕自身にも、親に買ってもらった新しい用具に囲まれた時期がありました。ピカピカのグローブを手にしていると、なんだか気分が良くプレーすることができました。たぶんそれまでに比べたら背筋が伸び、上手くなった気分になっていたのではないかと思います。大げさではなく、いつものグラウンドが違ったようにも見えました。

しかし言うまでもありませんが、もっとも重要なことは、試合で活躍することです。いくらグローブがピカピカだろうが、試合で捕球できなければ仕方がありません。そもそも試合に出られずベンチにいたら、グローブを使うチャンスすら与えられないのです。

これまで僕はどちらかと言うと、自分の用具ばかりを気にしていたと思います。自分にとって、どれだけ輝いて見えるか。他人のものよりも、しっかりツヤがあるのか。そんなことを気にしていました。ただ最近になってようやく、試合で活躍できなければ意味がないというか、むしろそれが全てだということに気がついたのです。

頭でっかちになりすぎず、まずは自分が現場でどんな価値を与えられるのか。そのことにフォーカスして、行動を重ねていきたいと思っています。

匙を投げかけた自分。【2月25日(木)】

きのう、23:30を回ってもnoteのネタが思い浮かばなかった。すると珍しく「もうやめちまおうかな〜」「やめたらラクだろうな〜」と、匙を投げかける自分が現れた。まあ結局、なんとか持ち直して書き上げたのだけれど。

ただ、きょうはきょうで「あのままやめていたらどんな気持ちになってたんだろうな〜」なんてことを考えている。自分のために書いているとはいえ、400日連続で毎日更新をしているこのアカウント。この400という数字を積み重ねるには、当然ながらこれまで400日が必要だった。思い返してみると、そこまで手軽な数字でもないような気がする。

だから今は「やっぱりきのう書くことを諦めなくてよかったな〜」と思っている。一瞬の気の迷いで、大きな数字を失ってしまうところだった。危ない危ない。積み上げるときに時間はかかるけど、失うときには一瞬だ。なんかアレだね、人の信頼みたいだね。

今や夜にうたた寝してしまったとき、ハッと目覚めて「やばいnote書いてない!」と即座に時計を確認して、まだ日付が変わっていないことに安堵する人間になってしまいました。要するに、noteの更新が習慣になっているのです。もう書かないとキモチワルイぜ。ということで今後もいのちある限り、あるいは寝落ちしない限り、何より書くことを楽しみながら継続していきたいと思います。



斬新で残酷な理念。【2月25日(木)】

先ほどまで、宮城県気仙沼市のオンラインイベントに参加していた。今回はスポーツというテーマが掲げられ、すでに地方で活動を展開している人が登壇。そしてその話をもとにして、参加者同士でスポーツを起点としたまちづくりに関するディスカッションが行われた。

印象的だったのは、今年体育教師を退職し、一般社団法人を設立したという男性。40代ほどに見受けられた彼は、自身が学生の頃からバスケットボールをプレーし、教師としてもバスケ部の顧問を務めていたそう。そして現在は「バスケットボールで気仙沼を元気に」という理念を掲げ、スポーツを通じてさまざまな活動を主催しているようだ。

そんな彼は地方の学生たちの印象について「スポーツが得意な人、苦手な人の二極化が顕在的。今後は得意でない人にどうアプローチしていくかを考えていきたい」などと話していた。僕にとってその言葉は、斬新であり残酷にも感じられるものだった。

もし、今の僕がスポーツが苦手な学生を前にしたら、スポーツというフィールドから離れるように言うだろう。もちろん当人が克服や上達を目指すのなら応援したいが、「世の中は広い」「君が輝ける場所を探すんだ」などと無理にスポーツで苦しむ必要はないことを伝えたい。僕はこれまでの経験から、シンプルにそう考えた。

だからなんだか元教師の彼の意見は、どこか目新しく、そして思いやりがないように思えた。まあそれだけ彼がスポーツの魅力を感じているということだし、ある種のエゴがなければ、世界は変わらないのかもしれない。ただ正直、今の僕にとっては難しい世界線だった。一応、当たり障りのないようにディスカッションしておいたけれども。


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