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地方創生に興味ありまくりな29歳コピーライターのブログ。

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【週刊エッセイ#42】地図ではなくてコンパスを。

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どうも、ぼーの(@nobo0630)です。

今週も週刊エッセイにお付き合いください。お付き合いしねぇぜって方は直ちにこのブログを閉じ、ぜひご自分の時間にお当てください。

今回は、僕が誕生日を迎えた週でもありました。

29歳。がんばってやっていきたいと思います🙄

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“それはそれ”な人生。【6月25日(金)】

糸井重里さんが毎日更新されているエッセイ『きょうのダーリン』。新型コロナウイルスに関する本日の文章がとても好きだったので、一部抜粋させていただきます。

今回のコロナは、ニュースの渦のなかでのことだから、100万分の10みたいなことでも噂のタネになっちゃう。「その10って、わたしかしら?」って思いたくなる。宝くじを買うとき、当たるような気がするのと同じだ。だけど、ほとんどの「わたし」はハズレなんだよなぁ。歩いてて、後ろから「ちょっと、そこのイケメンさん」とか声をかけられても、振り向かないほうがいいぞ。

僕は、この話とは反対に「ま、どうせ自分は100万分の99万9990っしょ」と思っている人間だと感じた。もちろん、その正確な割合数など知る由もないが、なぜだか自分は大丈夫な気がしてしまっている。たしかこういう人が詐欺に遭いやすい、なんて話も聞いたことがあるなあ。

そしてあまり大きな声では言えないが、僕はもうコロナにかかってしまってもしょうがないと思っている。いや、ちゃんとマスクもつけるしできるだけ外出を避けてはいるが、もうこの地球で生きている以上“運ゲー”だ。極端な話、ある日突然ひとり暮らしの部屋でコロナが原因で死んでしまっていても、“それはそれ”な人生ではないかと思っている。



オリンピックを前に、実家の母から「宮城へ疎開してきませんか?」とのメッセージが。なるほど、東京で暮らす息子への愛情だなとは理解できた。しかし僕は、「すみません考えてないです。」と返していた。今の僕にとって実家で家族と暮らすことは、海外でひとり暮らしをするよりもしんどいものかもしれない。それほど、文化のちがいに苦しんでしまうことを危惧してしまった。

母の思惑とちがう回答になったことは、申し訳なく思う。そして孤独死を遂げる“それはそれ”な人生になってしまったら、いま以上にあの世で罪悪感を感じるだろう。それでも、僕は変わらず東京で暮らすことを選んだ。一丁前にも、明日を迎えるつもりで生きている。

いい人コンプレックス。【6月26日(土)】

僕は、よくわるくも「いい人」という印象を与えてしまう人間だ。自分で言うのはアレだが、誰に対しても同じような態度で接してしまう。極力、僕の見える世界は穏やかであってほしいと願っている。

これは割と、学生時代からそうである。男女あるいは先輩後輩問わず、誰に対しても優しく接してきたつもりだ。そのせいか、なんだか仲良くはなるんだけれども、それ以上の関係性になれる人は多くなかった。こと恋愛においては、自分の経験のなさから先への進み方が分からない、という経験も踏まえて、いわゆる「いい人止まり」はもうすっかり慣れたものである。

この「いい人止まり」ってのが、最近はもう慣れを超してコンプレックスになりつつある。自分は誰かとの関係性を深められない人間だと、変に気にしてしまうのだ。まあ、結局のところ、そんな自分の能力を受け入れ正直に生きるしかないのだけれど。そしてそんな「いい人」は、僕にとって割と少なくないような気がしている。まあ類は友を呼ぶという言葉あるから、自然と僕の視界に入ってくるのだろうか。

ただ、この「いい人止まり」を受け入れてくれる人も、たまにいる。「君はいい人だから、良いんだ」と言ってくれる存在だ。最近まさにそういった人と出会い、承認欲求がゴリゴリに満たされてしまった。何なら正直、どうかしてしまいそうだ。コンプレックスを認めてくれる存在の偉大さを知った。

ひとまず正気を戻して、やはり背伸びせずに生きていたいと思っている。自分が自分を受け入れられなくても、自分を受け入れてくれる誰かの存在を信じるということも、ひょっとしたらわるい話ではないのかもしれない。

完全に、ぼくだけのもの。【6月27日(日)】

ふと、誰かの言動に意味を求めてしまう時がある。なんであの人は、あんなことしたんだろうって。なんであの人は、あんなこと言ったんだろうって。いつまで時間が経っても、そのことが頭から離れなかったりする。ひとりで勝手にソワソワしてしまう。

でもおそらく実際は、当人にとってあまり深い意味がない言動だったりする。個人的な感覚でもあるのだが、その詳細を真っ向から訊いたところで「あれそんなことしたっけ?」なんて言われてしまうのだろう。一方的に、こちらが意味を持たせたいだけなのだ。だってなんだか、落ち着かないから。

だからその記憶は、憤りに任せて消してしまうか、嬉しみとともにそっと仕舞っておくべきなのだと思う。完全に、ぼくだけのもの。それ以上でも以下でもなく。決して続編があるわけでもない、単発ドラマのような。無駄にジタバタして、意味を求めるのはやめよう。そもそもそんな意味なんて、きっともうどこにもないのだから。

Wi-Fiがなくなった日。【6月28日(月)】

今日の夕方ごろ、うちのWi-Fiが使えなくなった。原因は不明。ルーターとかなんもいじってないのに、急に繋がらなくなってしまった。

それまで普通にPCで仕事をしていた僕は、もう大混乱。うちの近所にはカフェもないから、なんとかiPhoneのテザリングで乗り切りつつ、2〜3時間が経ったら復旧した。

途切れてからというもの、とても焦った。YouTubeで音楽を流すのは遠慮したし、画像のダウンロードも躊躇った。まあ、仕事だからしたのだけれど。

いつもあると思っていたWi-Fiがなくなって、生活が変わった。とにかくソワソワした。普段のありがたさを思い知った1日だった。

29歳直前祭。【6月29日(火)】

0時になると、僕の誕生日だ。6月30日。今年は29歳を迎える。先週あたりに実家から届いた仕送りにちょっと早めのお祝いが入ってたんだけど、母が手紙で「29年前の私もおめでとう!」って言ってて、僕にとってはむしろ、彼女の喜びのほうがリアリティのあるものとして感じられている。自分はおそらく、明日もけろっと過ごすのだと思う。



作家の村上春樹氏が唱える「30歳成人説」という言葉が好きだ。当然、成人式は20歳で迎えるものだが、

自分が本当にやりたいことなんかそう簡単に分かるものではない、30までは色んなことをやって30になってから人生の進路を決めればよい。

という考え方である。僕はここまで20代をとにかく自分のために生きてきて、1人でできることの限界を知って、そしてつい最近、誰かのために生きることに可能性を感じている。それが「地方」であり、今は割とアクティブに活動できていると思う。来月もまた、地元の宮城へ行く予定だ。



そろそろしっかり、自分の生き方を確立しなきゃなあと思う。会社員としてキャリアを積む同年代を見て、劣等感を抱いたりもする。でも次の瞬間には「いやいやマイペースこそだ」と思い返す。ペチペチと両手で両頬をを叩き、目を覚ませと姿勢を正すのである。



あっという間に20代ラストイヤーか。どんな1年になるのだろう。まずは健康に生きられたらいいのかな。ころっと死ぬのもそれはそれでいいのかな。

でもなんとなく、自分にとっての生きるコツみたいなものが見えてきたような気がする。それは結局、まずは自分の進みたい道を示すこと。そしてまっすぐ、しっかり歩むこと。そうすると気づいたら、周りに同志がいるんだ。自分と気が合う、めちゃくちゃナイスな人たち。地方での生活に興味を持ち始めた昨年の秋から、まさにこんな感じだった。

だからそうだね、やっぱり今年は自分のやりたいことを突き詰めることになると思う。あ、もちろん自分だけじゃなく、周りの環境や人間にも良い影響を与えられるような生き方でね。マイペースこそ強みだと信じて、馬鹿なフリして突き進んでいこうと思う。



ということで、明日は母、おめでとう。

地図ではなくてコンパスを。【6月30日(水)】

29歳になりました。今日は朝からお祝いのメールやギフトをいただきまして、おそらく今年いちばんお礼を言った日になったことでしょう。彼らのなかに一瞬でも僕がよぎったのだとしたら、こんなに嬉しいことはありません。本当にありがとうございます。



昨年の秋頃から、僕は地元の宮城を中心とした「地方での活動」に興味が湧いています。とにかく自分のために生きてきた20代を経て(まだ20代だけど)、1人でできることの限界を感じ、今後は“自分以外”のために生きてみたい。ようやく人としての「愛」が芽生えはじめたとき、地元や地方がココロに浮かんだのです。

では、自分や地方に何ができるのか。その可能性を探るべく、これまでさまざまなオンラインイベントや現地へのツアー、お試し移住などを経験しまくっています。そして今、たしかにあるのは「既存の生き方が、僕にピッタリ当てはまるわけではないよなあ」といった感覚です。



まちづくり系の団体や地域おこし協力隊としてどこかへ所属すれば、割とスムーズに地域へ入り込んでいけることは分かっています。でもなんだか自分の性質的に、きっとそのレールをまっすぐ進んでいくことはできないのだと思います。そういう自信があるのです。笑

いや、これは決してネガティブなものではありません。むしろ、自分なりの関わり方を見つけられれば、そしてしっかりがっちり掴めれば、とてつもない幸福感が待っているのだと確信しています。これまでおかげさまで、地方の人や環境が持つ特徴あるいは可能性に魅せられる時間を送ってきていますから。もちろん、いつも笑顔で過ごせるわけではないことは覚悟しているつもりです。



たとえば地図は、すでに誰かが通ってきた道のりをかたちにしたものです。それを手にすれば、高い確率で目的地へたどり着けるのかもしれません。きっと道に迷うことはないでしょう。でも僕はそうではなくて、コンパスを手にして進んでいきたい。方角だけで十二分。自分が何をしたいのか、および地方に何ができるのか、あるいは地方が何を望んでいるのか。それらが重なる方角を信じて、たとえ道なき道だとしても自分の意思で歩んでいきます。



ということで、改めて今日はありがとうございます。29歳のぼーのも、どうぞよろしくお願いいたします。


恐るべし手段の目的化。【7月1日(木)】

ふと、こんなことを思いました。

近い将来に宮城へのUターンを考えているものとして、さまざまな移住支援制度はとても魅力的です。たとえば首都圏から宮城へ移住した場合、もちろん複数の条件はあれど単身でも60万円を受け取れるようです。あとはその移住先で起業をしたならば、また別の支援金を受け取れる可能性もあります。このへんは、現在あらためて調査中です。

移住にはどうしてもお金がかかりますし、そうでなくとも単純にお金をいただけることは、多くの人にとってわるいようには映りません。しかし、支援金を受け取ることを前提に生きることは、とても危険なことであるとも思うのです。

しばしば「手段の目的化」なんて言い方もされますが、方法と目的を履き違えることに繋がりかねません。これらを勘違いすることがどれだけ恐ろしいことか、僕は大学時代の就職活動で思い知らされました。周囲の目を気にして、本来は方法であるべき「就職」が目的となってしまいました。自分の生き方もロクに考えずにそんな選択を下したんじゃあ、そりゃあ1年半で退社するわけです。わざわざ遠回りをしたとは思っていませんが、ベストな道のりだったかと訊かれたらそうわけでもありません。



まずはしっかり、改めて今後の自分の生き方を見つめ直そうと思います。昨日のnoteで書いたことが本心ではあると思うのですが、自分でも掴みきれないのが自分ってもんです。また、支援金に対してもそこまでネガティブになりすぎず、しっかり向き合っていければと思います。


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