0→1(ゼロカライチ)

地方創生に興味ありまくりな29歳コピーライターのブログ。

【Sponsored Links】

【週刊エッセイ#72】他人が積み上げた数字。

f:id:nobo0630:20220325232854j:plain

どうも、ぼーの(@nobo0630)です。

週末恒例の週刊エッセイ、今週はギリ金曜日に更新です。

これからUターンするにあたり、もっとSNSの発信がんばるぞ〜。

いや、ほんとに。

▼noteではエッセイを毎日更新中▼
note.com

引越しについての雑感。【3月18日(金)】

きょうは、朝から晩まで雨が降っている。きのう区役所まで転出届を取りに行っておいてよかったなあなんて、あまりの寒さで暖房を点けた部屋で考えていた。

結局レンタカーを借りて自力で行うことにした引越しに向けて、Amazonで大きめのビニール袋を買った。荷物をまとめたりゴミを出したりするためだ。すでに少しばかり断捨離を進めていて、ひとつの袋がパンパンになっている。いらないものをポンポン袋に入れていると、ふしぎなことに気持ちも一新されていくようで、清々しく感じられている。

今月に入って予約したレンタカーは、ハイエースを借りた。モノが多くない男のひとり暮らし、おそらく一台で全部詰まるとは思っている。とはいえ、人生で初めての自力引越しで、冷蔵庫と洗濯機がしっかり車内に収まるのか、ちょっと不安でもある。だから最近は近所のコンビニやスーパーに歩くたびに、会社の駐車場に停まっていたり道路を走っていたりする“バン”をよく見ている。そして「いや大丈夫っしょ」と自分を励ますとともに、街を走るバンの多さに気づかされる日々だ。めちゃくちゃ重宝されているし、その分めちゃくちゃ人が働いている。今日もお疲れ様です。

明日からの土日は、いずれも人と会ってご飯を食べる予定だ。宮城で暮らす来月以降は、決してもう簡単には会えないであろう人。今月もいよいよ下旬に差し掛かろうとしているが、残り少ない東京での日々や、人生で貴重な引越しの機会を、しっかり噛み締めて楽しみたいと思っている。

把握して、考察すること。【3月19日(土)】

春から地元の宮城県美里町で地域おこし協力隊を務めるにあたり、今はさまざまな地域の「活動報告会」を見ている。年度末恒例と思われる各協力隊の活動のプレゼンを、zoomやYouTubeなどで見られるのだ。こういった配信関連の発展については、ヘンな話だが世界を揺るがす感染症が生み出した光明のひとつではないかと、個人的には思えている。

1人5〜10分ほどで行われるプレゼンでは、「自己紹介→着目した地域の課題→実践した解決策→今後の展望や目標」といった流れで話されているように思えた。もちろん地域や個人によってさまざまだが、大まかにはこんな印象である。それぞれの活動領域や具体的な内容、あるいは語り口から伝わる人柄や協力隊に至る経緯などパーソナルな面も含めて、とても面白く感じられた。

その中で、まずは地域を自分なりに把握し考察することが、活動における第一歩なのだとも感じた。自分にできることややりたいことがあったとしても、それが地域のためにならなければ「成果」とは呼べない。また、成果を生み出せなければ、協力隊の意義を成しているとはいえないだろう。あまりこの価値観に固執しすぎて行動できなくてもいけないとは思うが、せっかくならばしっかり意識しておきたいことである。

知り合いからは、協力隊へ着任する前に「リサーチしておくこと」の大切さを教わっている。それこそ側から見える地域の課題や、自分の得意な領域でできそうなこと、協力隊の仕組みまで。今できる範囲で把握して考察することが、着任からのスムーズな行動に繋がっていくのだという。たしかに違和感はなく、納得感がある。ただ、これを実行できるかどうか、その間には大きな河が流れているような気もする。引き続き、各協力隊の活動報告会を勉強しながら、今は現場で手を動かす前に、頭を動かす時間にしようと思っている。

いなされた理想。【3月20日(日)】

将来に対してアレがしたいコレがしたいと、湧水のようにさまざまな理想を話す若者がいる。それに対して「でもアレは厳しいよ」「やっぱりコレはやめておきな」と、まるで未来が見えているかのように“いなす”大人がいる。僕も若者だった時代、おもに親や教師からそんな扱いを受けてきた。そして「結局おれにどうなってほしいんだよ」と不貞腐れ、徐々に自分の夢や希望を語らなくなっていった。

時が流れていま僕は、どちらかというと大人の立場になった。若者の理想を聞く側だ。じゃあ彼らの希望をいなしているのかと言ったら、決してそうしようとは思わない。むしろ極力、そうしないように心がけているのかもしれない。

たしかに若者たちは、社会的にいえばまだ無知かもしれない。いわゆる社会人の当たり前を無視して、時にマンガやドラマの世界をもとに理想を膨らませていることもある。ただ、彼らなりに精一杯考えて生きているし、そのアイデアの中にはきっと、彼らのエッセンスが十分に含まれているはずだ。現実的に可能か不可能かそのディテールはさておき、いまの彼らの価値観や生きるための軸に、僕は「うんうん」と耳を傾けたい。そこからディテールを詰めていく段階に入っても、決して遠回りではないというか、むしろ自身にとって愛着のある選択肢を生み出すことができるのではないだろうか。

若者時代、大人たちにいなされた理想はどこへいくのだろう。逆に大人たちは、いなした理想をどう考えているのだろう。理想と現実という横並びになりがちなふたつのワードがあるが、大人たちが若者に願う「現実」も結局また、大人にとっての「理想」なのではないだろうか。僕はなるたけ若者たちには、自分のナチュラルな理想に対して、まっすぐ進んでいてほしいと思っている。…いや、これもまた、いなされてしまう理想なのだろうか。

より縁を感じる春。【3月21日(月)】

Instagramの、おもに学生時代の友人をフォローしあったいわゆる“リア垢”で、この春に宮城へ戻ることを報告してみた。なぜこのタイミングにしたのか、特別な理由はない。ただ一応、いずれは伝えたいと思っていたし、なんだか今日は気が向いたため発信してみることにした。

今でも宮城や東北で暮らす人が多いフォロワーたちからは、「おかえり」という反応をもらえた。まあ半ばカツアゲのようなかたちではあるが、好意的な言葉をもらえることは嬉しい限りである。改めて、地域おこし協力隊として地元のために頑張らねばと思えている。

この土日は、東京でしか会えない知り合いに会えた。その方々は僕の春からの生活を知ってくれていて(まあ自分で言ったのだけれど)、「あっちでも頑張れよ」だなんて餞別を渡してくれもした。これまたとても嬉しい話である。

春は出会いと別れの季節というけれど、今年はよりいっそう縁を感じるものとなった。こうして日頃から自分を支えてくれる人がいるから、僕は生きることができている。そのことを肝に銘じて、新天地でも心の炎を絶やすことなく活動していきたいと思っている。

書くことないけど、書いている。【3月22日(火)】

とくに書くことは決まっていないけれど、何かを書くことは決まっている。今日もそんな日である。

このnoteを連続で更新して約800日。これまで何度経験してきたことだろうか。…という事象ではあるが、ふと冷静になってみると、なんだか面白い事態であるような気がしてきた。

だって、まあ繰り返しにはなるけれど、書くことがないのに書こうとしているんだ。基本的に人は、書くことがあるから書くのではないだろうか。基本的には。とくに食べたいものはないけれど、とりあえず食べることは決まっている、みたいな。もはや「書く」は僕にとって、自分の希望や思いを超越した領域に達してくれているようだ。まるで生活の一部。いわば人生の一部。

するとこうして、書けないことによってひとつ記事が書けてくる。これまでも何度かお世話になっている切り口ではあるが、きっとこれからも幾度となくこの“伝家の宝刀”を抜くことになるのだろう。あの手この手でニュアンスを変えつつ、またここに戻ってくるのだろう。今回もこうして、ひとまず連続更新記録を途切れさせずに済んで、安堵の気持ちと共に眠りに就くのである。

他人が積み上げた数字。【3月23日(水)】

きのう更新された、とあるnoteを読んでいたときのこと。文末まで行き着き、ぼーっと「スキ」の数を見てみたら、なんと300を超えていた。正直それまでの僕にスキをつけようという気持ちはなかったが、「わお、そんなに評価されているのか」と、画面を上に戻そうとした。が、ここでふと指を止める。

ずいぶんと「数字」を気にして生きるようになったもんだなあ。決してスキに限らず、SNSのフォロワー数、動画の再生回数、商品レビューの数や評価などなど。自分が無意識的に見にいっている数字もあれば、見たくなくても目に入ってくる数字もある。気づけば僕はそれらに踊らされ、自分自身で感じたり考えたりすることをサボる癖がついたように思う。またその数字を信用するあまり、自分の正直な評価を信じられなくもなっているようだ。今回のnoteの件で気づかされたことである。

たしかに、その数字は頼りになる。フォロワー数はその人の発信力や信用度の高さを表しているものだと思うし、商品のレビューは購入を決めるための材料のひとつ。いわば、現代における当たり前である。ただ、僕はそのなかで、あくまで自分のモノサシを大切にしていたい。自分がこの世界にどうありたいのか、そのために何を望み、何を好み、何を良しとするのか。大げさな話かもしれないけれど、きょうのペースでのうのうと生きていては、それらを失いかけない気がする。

他人が積み上げた数字は、僕の人生を演出してくれるものでしかない。そこに自分の体重をかけすぎるのは、ちょっと危険な人生というか、個人的には“ダサい”生き方だと思える。しっかり自分で思考し決断し行動できるよう、常に努めていたいものである。

自分は何にもできないからこそ。【3月24日(木)】

気づけばもう、3月下旬も真っ只中。サッカー日本代表が7大会連続のW杯本大会出場を決め、カレンダーのアプリでは4月がちょこっと顔を出している。

よせばいいのに、僕はこの春に離れる東京へ来たばかりの頃を想起している。当時24歳。胸にはコピーライターになるという野心と、ほんのわずかな不安。まだ何にだってなれる気がしていたし、自分ひとりで何だってできると思っていた。正直いま住んでいる足立区のアパートも、どうせすぐに“売れて”離れるだけだと、少しばかりの箸休めだと思っていた。

それがもう、気づけば5年以上。決して現実は甘くなく、というか自分の見通しや人間性が甘く、あの頃の野心は影を潜めるようになった。やっぱり自分には何にもできないんじゃないか、なんて勝手に打ちひしがれもした。

ただ、自分は何にもできないからこそ、誰かを認めたり頼ったりすることを覚えはじめた。ここ最近の話である。できない自分も認めていわば諦めて、なるたけ自然体で在ることを努めると、すっと肩の力が抜けて柔和な雰囲気をまとった自覚すら感じた。



東京で“無力”を教わった僕は、これから地元へとUターンする。地域おこし協力隊として地域の人々を頼ったり巻き込んだりすることが、自分の持ち味になってくれないだろうか。そんな淡い期待を抱えて、今度はほんのわずかな野心で、まずはもう来週に迫った引越しを乗り切りたいと考えている。


▼noteではエッセイを毎日更新中▼
note.com

【Sponsored Links】